佐藤芳嗣法律事務所

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住民基本台帳ネットワークとわたしたちのプライバシー

町長

本日のテーマは住民基本台帳ネットワーク問題、これは町の行政といたしましても、大変大きな課題であり、住民の皆さんからも様々なご意見をいただいているところでありまして、私どもといたしましても、大いにこれから勉強もしていかなければならないというふうに思っているわけであります。
町といたしましても、住民参加の行政というものが、これからは一層重要な時代を迎えているというふうに考えております。また単なる参加だけではなくて、住民の皆さんが主人公である、そういう行政、そういう町づくりというものが、これから非常に重要だと考えているわけであります。
その住民参加、あるいは住民が主人公といった場合に、何が一番大事かというふうに考えますと、第一に大切なのは情報公開であります。なぜかと申しますと行政の職員というのは、それで飯を食っているわけですから、いろいろなことをよく知っているのは当たり前なわけでありまして、行政の職員と、それから町民の皆さんが対等の立場で話をするということは、町民の皆さんによほどの情報が公開されていない限り役場の職員の方がものを良く知っている感じで、これちょっとおかしいじゃないかって言えば、これはこういうことなんです、なんて説明されるとああそうですかっていうふうになっちゃうわけですけれども、その面でできる限りの情報を公開して町民の皆さんと同じ目の高さで行政の職員が対応もし、また共に町づくりに参加する、ということが大切であるというふうに思っているわけであります。
ところが、この情報公開というものは、本当言うと行政を担当する人間から考えてみますと、なかなか勇気の要ることであります。ある意味ではやりづらいということがあるんです。なぜかと申しますと、例えば私ども補助金も決まっていない、何も決まっていない段階で、この町に特別養護老人ホーム作りたいんだけど皆さんどう考えますって、こうまず最初から情報を公開していくことになるわけですが、何も決まってない時にこういう施設を作りたいんだけど、町民の皆さん一緒に考えてもらえませんかと、こう呼びかけた時に、もし補助金もつかない、起債もきかないというふうになった場合、初めに公開してあると何だありゃ最初にでっかいこと言って何もできなかったじゃないかって言われるのは当たり前なんですね。
だから昔からよく行政というものは、補助金も決まり、起債も決まり、設計もできてから皆さんこれを作りますよって、こう言った方が楽に決まっているわけです。町はいいもの作ってくれるなって、その時初めてわかるわけですけれども、その方がいわゆる失敗がないっていうんでしょうかね。失敗がないということになるわけですが、それでは結局、町が何かを作って町民の皆さん、どうぞ使ってくださいという、そういう形にしかならない、参加の行政にはなってこない。
そういう意味で、情報公開というのは行政を担当する職員、あるいは私どもにとりましてはなかなか勇気の要ることなんですけれども、つまり計画したって結局駄目だったじゃないかと言われることを覚悟で、このお知らせをしなければならないということに勇気が要るわけですけれども、しかしそれをぜひやっていかなければ、本当の意味で住民の皆さんに参加していただける行政はできないんじゃないかなというふうに思っているわけです。
そういう点で今日は大いに、この情報公開の問題や、それも含めた住基ネットの問題について勉強もさせていただきたいというふうに思っております。
また本日の講師の佐藤先生は、長年、望月町の町の顧問弁護士としてご活躍もいただいているわけでありまして、大きなことから小さなことまで、最近は本当に小さなことまでしょっちゅう職員がこの佐藤弁護士さんのところにうかがって、こういう問題はどういうふうに法律的にはなるんでしょうかということを確かめ、また条例などを作る時にも、一々、佐藤先生にご相談申し上げるという形で、本当に町としては先生にお世話になっているわけであります。
この先生に、この体系的なお話を今日は聞かせていただけるということで、私もぜひ勉強させていただきたいと思っております。本当にお忙しい中、先生、今日はどうもありがとうございます。よろしくお願いします。
それでは、皆さんと一緒にご静聴よろしくお願いをいたしまして、開会に当たっての挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。

司会

ありがとうございました。それでは講演に入らせていただきます。
その前に、今、町長の方から紹介があったわけですけれども、ちょっと先生のご紹介を申し上げます。
先生は、浅科村出身で、上田で弁護士事務所を構えております。そしてまた、長い間、望月町の顧問弁護士をお願いしているわけでございます。そして現在は、長野県の弁護士会の会長等もおやりになりまして、非常にお忙しい中での今日は講演会でございます。ひとつよろしくお願いいたします。

佐藤先生

皆さん、こんにちは。先ほど紹介いただきましたように浅科村出身なんですが、18歳まで、今、53なので昭和で言いますと、昭和43年まで浅科村におりましたが、昭和54年から上田で法律事務所を開設して今日に至っております。
18年間、佐久にいて、その後上田の方には22,3年というふうになりましたので、佐久は故郷みたいなそういう感覚ですけれども、今日はよろしくお願いします。
それで私自身、住基ネットの専門家というわけではありませんので、どこまで突っ込んだ話が出来るかどうか、ちょっと不安なんですけれども、今日は住民基本台帳ネットワークシステムの問題点を考えるに当たって、非常に大学の講義のようなことで申し訳ないんですが、原理・原則からお話したいというふうに思っております。お手元に今日お話ししたいということをレジメとして作成してありますので(講演記録下の<資料>参照)、それをご覧になりながらお聞きいただきたいというふうに思います。
先ほど町長さんの方からもお話がありましたように、このネットワークのことを「住基ネット」というふうに簡単に呼びますが、この問題だけを考えてもどこに問題があるのかさっぱりわからないということであります。
これは情報公開の大きな流れの中で発生してきている、あるいは後で述べますけれども情報化社会、コンピュータ化の進展というような、そういう社会的背景もあって生まれてきた問題でありますけれども、しかし現代社会は一言で言えば情報公開が非常に社会の大きな流れとなって、これが社会のこれまでのあり方を根本から変える可能性のある大きな問題です。そこで、その情報公開の重要性ということについて、最初にレジメに書かせていただいたわけであります。
言うまでもなく、戦後の民主的な憲法の下においては主権は国民にあるということは、もう耳が痛くなるほど学んできたことかもしれませんけれども、情報公開を基礎づける原理・原則の大きな考え方として国民主権という考え方があるわけです。国政においても、地方自治においても政治の最終的な主人公は国民であり、住民なんですよ、決して天皇であったり、あるいは選挙で選ばれた議員でもない。最終的な国の有様を決めるのは国民である、それが国民主権の原理・原則なわけであります。
しかし、抽象的にあなたが政治の主人公ですよと言ったとしても、それはあくまで抽象的なレベルの問題であって、実際に主権を行使しようと社会のあり方をどうするか、選挙権を行使することから始まって、いろいろな主権の行使の仕方あると思うんですけれども、そういった主権を行使する前提として国民は、あるいは市民は判断しなければいけない。判断する前提としていろいろな情報を、しかも正確な情報をきちんと知らなければいけない。そういう意味で主権者として主権を行使する前提として情報公開、あるいは国民、市民の知る権利というのが非常に重要であるということが言えるわけであります。
それから、その情報公開を支える考え方として、抽象的に主権行使というだけではなくて、現在問題になっているのは、先ほど町長さんも言われましたように参加という問題ですね。しかも議員を単に選ぶために、選挙権を行使するために参加するということではなくて、現代社会の大きな動きは政策形成過程に住民が自ら参加していく、ここに大きな意義があるわけです。
政策形成過程に参加するためには、事前に情報が公開されなければ参加のしようがないわけであります。もう事実上、その行政内部でいろいろな、内部で検討したり、審議会で検討して結果として出てきたものを、その段階で知っても、政策形成に住民が参加できないわけであります。ですから、今の大きな流れというのは、行政内部で、あるいは審議会なら審議会の内部、あるいは議会なら議会の中で結論が出る過程において住民が適正、正確な情報を知って、いろいろな政治に参加していく、そこに大きな、情報公開の意味があるというふうに考えられるわけです。これも国民主権あるいは地方自治の主体として住民の権利としての情報公開、あるいは知る権利ということになるわけです。
それから、我々の社会は民主的な社会であって、人権が擁護される社会ということになっています。人権とは何かというのは非常に難しいんですね。説明するのが難しいっていう意味ですけれども、しかし人権が守られる社会というのは、一部の特定の人間だけではなくて、すべての人が人間である以上は、人が人として尊重される、あるいは人間が人間として自ら学び、発展し、成長していくという、そういう権利が保障される。そのことによって人間らしい生活ができるというのが、人権というもんだろうというふうに思うんです。しかし学習するにしても、自らを発展させていくにしても、限られた、あるいは行政なら行政、国家なら国家から管理された情報、与えられた情報の範囲内でしか自己発展を遂げられないとすれば、人間が人間として成長し、発展していくことはできないわけです。
そういう意味で、情報公開の重要性というのは、人権という視点からも非常に重要だと、人間が人間らしく、文化的に生きるためにはやはり真の情報といいますか、正しい情報といいますか、管理された情報ではなくて、あらゆる情報にアクセスできるという、そういう社会でなければいけないということであるわけです。
こういった人権として、知る権利が認められる社会というのは、言い替えれば「自由な社会」ということだろうと思うんです。人間社会の有り様、あるいは人間の生き方も含めまして特定の個人が、あるいはとりわけ権力を握った特定の個人なり、国家なりが社会の有り様、人間の有り様、人間の生き方を押しつける社会ではなくて、一人ひとりの人間が主体的に何が正しいか、どういう生き方がいいのか、どういう社会の有り様がいいのかを自分で考えて、自分で学習していく、こういう社会。こういう社会というのは、逆に言うと言論の自由が保障される開かれた社会で自由な社会です。そういう自由な社会を支えるためにも情報公開というのは非常に重要なんだ、こういう認識が必要だろうといえます。
言論の自由とか、表現の自由というのは、日本国憲法の保障する人権の中に含まれているということは、ご承知のとおりでありますけれども、今、情報公開の中で言われているのは知る権利ということなんですが、日本国憲法を見ていただいたらわかりますが、知る権利というのは書いてないです。しかしその言論の自由にしろ、表現の自由にしろ、主にマスコミ等を通じていろいろな情報が我々のところに伝えられるわけですけれども、それは究極的には国民主権の主体である一人ひとりの国民、あるいは市民、あるいは人権の主体としての個人が、その報道を通じていろいろなことを知る、裁判所の判例の中に報道の自由は知る権利に、人々の知る権利に奉仕するものであるという、有名な判例がありますけれども、全くその通りだと言えるんですね。知る権利に奉仕するという、そういう報道の自由、あるいは情報公開なわけですけれども、しかしそれも憲法に保障されているというレベルだけでは、実際には実効性を持たないということに、各地の地方自治体が早い段階で気づきはじめたわけです。
人権一般にいえますけれども、憲法にこういうふうに書いてありますよと言っても具体的な我々の生活の場で、地方自治なら地方自治の場で、あなたは知る権利がありますよと言ったところで、ではどうやって行政が持っている情報に近づくのか。どうやって公開してもらえるのかと、こういう具体的な制度が必要なんですね。抽象的レベルでいくら人間は平等ですよと言ったって、平等を保証する制度が必要、システムが必要、そういう社会になってなければいけない、こういうことになるわけでそれで情報公開の必要性に気づいた人、あるいは重要性に気づいた地方自治体の中で、国に先駆けて情報公開、地方における情報公開を条例でもって制度化しようと、こういう動きが1980年前後にありました。
山形県の金山町で情報公開の条例を最初に制定したというふうに言われていますけれども、神奈川県、あるいは川崎市等でも、この情報公開を条例によって制度化するという動きがずっと続いてきています。
このレジメに書きましたように、国の方で基本法としての情報公開法を制定したのが1999年になってからです。地方自治の動きからすると20年、あるいは10年遅れて国の方ではようやく情報公開法を制定した、こういう経緯であります。
今回の、今日に備えてといいますか、資料を送っていただきましたが望月町の方でも情報公開条例と個人情報保護条例が既に制定されているというふうにお聞きしています。
次に、個人情報の保護と書きました。レジメの1枚目の下の方ですけれども、そこを見ていただきたいと思いますが、情報公開を語るときにそれと1セットとして個人情報の保護ということが、だいたい地方自治体レベルでは常に問題にされております。情報公開条例と個人情報保護条例をセットで条例化するという、そういう自治体が最近はほとんどではないかと思いますが、情報を広く公開するという反面、本来公開すべきでない個人の情報が漏れてしまう、こういう可能性が常にあるわけです。
人権思想の面では個人情報という言葉よりも、プライバシー権という形でプライバシーの権利という形で、当初はヨーロッパ、あるいはアメリカなんかで考えられてきた、人権の一つとして考えられてきた、あるいは発展してきた権利ですけれども、個人情報とプライバシー権がイコールかどうかというのは非常に議論がありまして、ちょっと若干違うんじゃないかということも言えなくはないんですが、一応、ここではプライバシーの権利、プライバシー権という形で説明したいというふうに思いますが、プライバシーの権利が人権の一つとして意識されるようになった背景が当然あるわけです。
一つはレジメに書きましたように、非常に昔と違ってマスコミが急激に発展してきた。特に巨大なマスコミが発展してきて、昔だったら狭い地域社会の中でしか情報は飛び交わなかったけれども、現代社会は世界的に地球上を情報が駆けめぐっている、こういう情報化社会、マスコミが非常に発達している社会でもあるわけです。そういったマスコミの発展の中で、私的な事柄、人に知られたくない、プライベートな事柄が報道機関によって報道されてしまうと、それによって一人の人間の人格が傷つけられる、こういうことはしばしば見られることです。
それから、レジメのところにモデル小説という部分、三島由紀夫の「宴のあと」という有名な事件。これは裁判になった事件なんですが、東京都知事選に立候補して落選した方の私生活を題材にした三島由紀夫の小説なんですけれども、そういった特定の人物を題材にした私小説といいますか、モデル小説、これ日本では割と伝統的にこういう形態の小説というのがあって、つい先日といいますか、あれは最高裁ですかね、同じようなモデル小説が発売禁止、そういう判決が最高裁で確定したという事件がありますが、こういったモデル小説の手法をとって、特定の個人の実像をそのまま、ありのまま小説という形がとられるにしても、暴露されることによって個人のプライバシーが侵害されるか、されないかとこういう議論がずっとありました。
それから、先ほど言いましたように、情報化、コンピューター化の急激な進展によって、インターネットなんか見れば、非常に情報が飛び交っているというのがはっきりしていますが、最近の我々に対する相談は、インターネット上に個人のプライバシーを暴露されて非常に困る、あるいはメールで職場の上司のところに匿名で私生活上のいろいろな出来事、男女関係の問題とか、いろいろなあることないことを暴露される、あるいは奥さんのところに匿名でメールが送られてくる、しかも送ってくる送り主がわからないという、そういう相談が最近あるんですけれども、このコンピューターの非常な発展によって従前にも増してプライバシーが暴露されるという、そういう社会が出現しているということもあるわけです。
プライバシーの権利につきましても、憲法上規定されておりません。憲法のどこにもプライバシー権を保護するという規定はありませんが、しかし先ほど言った人権の考え方ですね、人が人として尊厳をもって生きられる社会であるためにはプライバシーの権利も憲法上保護されなければならないという考え方が、現在の一般的な考え方です。
プライバシーの権利というのは、非常に、外国語ですから、英語ですから理解しにくいわけですが、日本語で簡単に説明しろと言われても、なかなか説明しづらいんですが、レジメのところに書いておきましたように、私生活権、個人のプライベートな私的な空間というかがあるわけですね。自宅を中心に他人には知られたくない私的な空間があるわけですけれども、私生活を暴露されない権利、あるいは住基ネットの方で問題に後でなりますけれども、自分に関する情報。氏名から始まって、生年月日から始まって、職業とかその他いろいろな経歴、個人の情報があるわけですね。自己に関する情報、自分に関する情報を自分でコントロールする権利、こういうことを抽象的に言えば、プライバシー権の内容だといういうふうに、一応、説明されるわけです。
情報公開と共に、個人情報の保護が重要ということに関しては、先ほど述べてるように、やはり私生活についても全部暴露されると、極端なことを言えば朝起きてから昼間活動して、夜寝て、次の日また起きるという、この24時間ですね。すべて他人に生活情報を監視されている、こういう社会は人間として生きられるでしょうか、こういうことだろうというふうに思うんです。やっぱり人間が人間らしく生きるためには、私的な活動について他人には知られたくない部分があるでしょう。それによって自分たちの人間としての誇りを保てるという部分もあるでしょう。そういう意味で個人情報を保護する、プライバシーが保護されるということも我々の目指す民主的な社会、あるいは人権が尊重される社会にとっては必要なんだと、我々は人間らしく生きるためには必要なんだと、こういうふうに考えるんだろうと思うんです。
次に、情報公開と個人情報保護というのは、どういう関係にあるのかということが問題になります。それは常に対立する問題なんだろうかということがしばしば問題になります。しかし、ここでレジメの2ページの(1)に書いたことは、非常に私は重要だというふうに思うんですが、これまでの私の説明である程度は理解していただいたんではないかと思うんですが、情報公開にしろ、個人情報の保護にしろ、情報というのは国家なり、特定の個人なり、有力な企業なりにコントロールされ、支配されるということではなくて、やはり情報、あるいは知る権利にしろ、あるいは自分の個人情報をプライバシーを暴露されない権利にしろ、情報というものを個人がコントロールする社会こそ望ましい社会だというふうに考える。だからこそ情報公開と個人情報という、時には衝突する場面がいろいろ具体的な事例ではありますけれども、しかし両方とも我々が目指す自由な社会、人権が保障される社会にとっては重要なんだという、そういう考え方に立っていると思うわけです。
そうでないと、なにか一方で情報公開すればするほど、プライバシーは暴露してもいいんだ、あるいはプライバシーを保護すれば保護するほど情報公開しなくていいんだという、偏った考え方になり得る。ですから、何度も言って申し訳ありませんけれども、情報公開と個人情報は共に民主的な社会、あるいは人権が尊重される社会、あるいは我々が人間として、人間らしく生きるための自由な社会にとっては、特に重要な権利であると、あるいは制度であるというふうに考える必要があると思います。
それでは、前提はこのぐらいにしまして、本日の本題であります住民基本台帳ネットワークシステム、住基ネットというふうに略称してますが、これについてお話したいと思います。
コンピューターのシステムにあまり通じていないもんだから、私自身がどこまで理解しているかという問題があるんですが、勉強した限りで報告して、あと私より詳しい人が会場にいましたら補足して説明していただければと思うんですが、この8月の5日でしたか、実際に全国で実施されております。この住基ネットというのは平成11年の住民基本台帳法の改正に基づくシステムである。これは皆さんのところにも多分通知が行ってるんじゃないかと思うんです。望月町も、通知を出していると思いますが、上田市に住んでいる私の所にも市役所の方から番号がついた通知が来ました。
その写しを今日持ってきましたが、皆さん一人ひとり住民登録されている人については、一人ひとり11桁の番号、アトランダムな番号が付されております。そこに番号をつけるというだけではなくて、住所、氏名、生年月日、性別、それから住所の変更等があった場合の変更歴、この六つの情報をコンピューターに入力して電子化する。これについて市町村、都道府県レベル、あるいは国レベルでは総務省指定の情報処理機関、これは財団法人、実際には財団法人地方自治情報センターということになっているようですが、その市町村、県、先ほど言った地方自治情報センターのコンピューターを結ぶ。そして法律が定める国の機関などから個人を確認するという情報、これ従来は住民票の写しに基づいて、その情報を提供したわけですが、今後は地方自治体レベルといいますか、市町村、県、先ほど言った国全体を一元的に管理する地方自治情報センターから、必要に応じて国の機関、あるいはこれは必ずしも行政機関だけとは限らないわけですが、そこに個人情報、先ほど言った住民票に相当するような個人情報を送ることができる。そういうシステムを作り上げる、これが住基ネットというふうに言われています。
そしてこの住基ネットについては、望月町も延期の意見書を提出したようですけれども、全国の自治体からプライバシーの保護上、問題があるので延期したらどうかというような意見書が、多数国に寄せられましたが、結果的には今年の8月5日からもう稼働している、こういう状況であります。
それから、来年8月からは、レジメに書きました住民基本台帳カードというのが、希望すれば市町村から各住民に交付される、こういうことになっております。住民基本台帳カードというのも印鑑登録のときのカードと同じように、単にカードを持っていって窓口からそれを持っていけば住民票が交付されるという、そういう簡単なカードかなというふうに当初は思われていたようなんですが、実際に導入したのはICカード、集積回路が組み込まれたカードということになります。そしてまた個人の写真も貼付することができる、こういうカードのようなんですが、これはどうもいろいろな書物を読んでいくと、現在国の方で考えている電子政府といいますか、ペーパーではなくて、コンピューターに入力するような方法でいろいろな各種申請をする、将来は、その時に利用できる。あるいは地方自治体が決断すればという、あるいは決めればということになりますけれども、地方自治体のいろいろなサービス、図書館を利用するとか、その他いろいろなサービスを受ける際に、そのカードを利用していろいろな各種行政サービスを受けられるように、そういう時にも使えるように、IC、集積回路、要するに記憶装置が組み込まれたカードが来月8月から希望者には交付される、こういうことのようです。
それで国の方でこういう制度を導入する目的について、いろいろ説明しています。それについてまとめたのが3ページの2というところなんですが、これは国の方のなぜこういう先ほど言った、現在のところ、6つの情報が組み込まれた個人情報ということになりますが、それをコンピューターで全国で一元管理するのか、こういうことに関して国の説明は全国共通の本人確認、全国共通、どこでも本人確認ができる仕組みを作って、住民の負担を軽減するんだ、それで住民サービスの向上を図るんだ、そして先ほど言いましたように、将来の電子政府、電子自治体の基盤を整備するんだ、こういうふうに国の方は言っています。
何のことを言っているのかというのは、ちょっとこれだけではよくわからなかったわけですが、国発行のパンフレット等を見ていきますと、例えば国はこういうふうにいうわけですね。現在、望月町から、例えば上田市に転居する場合、望月町にまず出頭して転居届を出す、それで上田市に行って転入届け出す、こう2回窓口に行くでしょう。こういうわけです。この住民基本台帳カードができれば1回で済みますよ、それ。転入した先でというような説明だと思いますが、2回現在行かなきゃいけないのを1回で済みますよ、そういう便利さがあるでしょうと、こういうふうにいうわけです。
それから、年金だ、恩給だ、児童扶養手当だというようないろいろな給付申請に添付しなくても、コンピューターからそういう情報を取りだすことによって、住民票の写しの提出にかえることができるんじゃないかと、こういう説明するわけです。あるいはいろいろな国家資格がありますが、国家資格を取得して登録するような場合も、住民票の写しを取るのに窓口に出頭しなくてもいいんだと、そのカードがあれば全国どこにおいても、住民票の写しが簡単にもらえると、こういう利便性があるんだ、こういうことを国の方では説明しているわけです。
それから、先ほど言いましたように、住民基本台帳カードについては市町村が議会等で利用を決めれば、市町村が設置運営している各種の図書館等のサービスを、そのカードによって利用することができる、そういう利用の仕方もありますよ、こういうふうに言っているわけです。
それでこの住基ネットについては、古くからといいますか、こういう動きがある前から、プライバシーの保護上、非常に問題じゃないか、あるいはご記憶の方もあるかもしれませんが、国の方では、国民全員に総背番号制といいますか、番号全部つけて、例えば納税などいろいろな行政とのやり取りの中で、一人ひとり番号をふって、全部一元的に管理しましょう、そういう国民総背番号制の制度を導入しよう、そういうふうに動いた時期があります。今でも、多分国の方では最終的にはそうしたいのかもしれませんが、そういった国民総背番号制に対する反対ということもありました。
こういう制度というのは、国がいうように便利である。行政の効率性という点から、あるいは場合によっては住民にとっても便利だということが言えたとしても、しかし先ほど説明した個人情報の保護、プライバシーの保護という観点からすれば非常に問題ではないかと、こういう批判がずっとあるわけです。依然として今日もあるわけですが、それに対して国の方はいや個人情報の保護、プライバシーの保護には万全を期していますよと、こういうことを現在でも言っているわけであります。
ただ、住民基本台帳法の改正、先ほどもいいましたように、平成11年に改正になったわけですが、その時にやはりプライバシーの保護に欠けるんじゃないかという批判をかわすために、この改正はするけれども、それと同時に個人情報保護に万全を期するために速やかに所要の措置を講ずるという、こういう規定も附則だったと思うんですが、入れられているわけです。このことは何を意味しているかというのはこの言葉だけではわかりませんが、端的に言えば個人情報保護法も同時に制定して実施しますよということを当時は意味していたと理解できます。それは間違いないと思います。
そこで、その個人情報保護法というのも、現在、国会に上程されて継続審議になっているということです。これも個人情報保護法案についても非常に現在、各方面から強い反対意見が出されております。
どういう反対があるのかということを3ページの下のところで幾つか挙げておきましたが、一番強い反対意見というのは、マスコミ関係者からの反対です。表現の自由を結局は奪うことになる。先ほど言いましたように、表現の自由、言論の自由というのは、究極的には我々市民、国民の知る権利に奉仕する、そういう大事な権利というふうになっているわけですが、これがマスコミの表現を規制する方向に働くと、この個人情報保護法案は、そういう批判がされてます。
なぜ、そうなるのかということは、非常に突っ込んでいくと難しい議論になって、私自身もどこまで理解しているかよくわからないところがあるんですが、一応、この個人情報保護法案では報道機関が、報道目的で取得した個人情報に関しては対象にしないということに一応はなっているんですね。一応はなっているんだけれども、報道機関として言えるかどうかは誰が判断するか、例えば大きなマスコミであるとか、放送局というのは当然入る。しかし、個人でいろいろな取材をして、本を主版しているようような人は入るのか、入らないのか。報道機関に含める範囲があいまいじゃないか、しかも結局、そこに入るか、入らないかは国の方が最終的に判断することになりはしないか、あるいは報道目的で集めた個人情報については対象にしないというんだけれども、報道目的っていうのは一体どういうことをいうのか。ニュースならニュース、ニュースは報道目的って言いやすいわけですけれども、ニュース的な情報しかだめなのか、あるいは政治家の個人のスキャンダルなんかはどうなんだ。こういろいろな、あるいはどこまでが保護される情報であって、どこから先が保護されない情報であるかを国家が判断することにならないかという危惧だと思うんです。いずれにしろマスコミ関係者からは、これは国家の都合のいいように情報が管理されてしまう、結果として管理されてしまう、こういう法案だという強い反対意見があるわけです。
私は、弁護士で弁護士会に所属しておりますが、実は弁護士会も強く反対しています。なぜ反対するかということに関しては、マスコミ関係者よりも、よけい自分のことですので説明できるんですが、我々は弁護士自治というものを制度的に持っているんです。弁護士自治というのは昔は弁護士は国家の監督下にありました。法廷で、例えば治安維持法、戦前のあの社会において治安維持法違反の被告人、被疑者なんかを弁護して国家と鋭く対立すれば、検事正の監督下に我々も置かれていましたから、そちらの方からいろいろ締め付けられるということもあったんです。戦後、国民の基本的な人権を守るためには弁護士の仕事というのは時には国家権力とも対抗しなければいけない。そのためには弁護士なり、あるいは弁護士会が自治権をもたなければいけないということで、我々の先輩が苦労をして現在の弁護士法を、議員立法で制定してもらって弁護士自治というのを獲得したわけです。
したがって、現在弁護士会には監督官庁というのはないんですよね。ないんですが、この個人情報保護法案では弁護士会は、法務省に多分管理されるということになると思います。弁護士会がどういう個人情報を集めて、それを整理しているのか。それを監督官庁である、法務省が監督官庁になるかどうかっていうのは最終的にはまだ決まってないかも知れませんが、多分法務省でしょう。そうしますと、我々のように自治権を持っていた弁護士会なら弁護士会も行政の管理のもとに置かれる。個人情報をちゃんと適正に管理しているかとか、そのことを監督されるわけです。
先ほど言いましたように、我々は時には権力も批判しなければいけない、権力に対抗してでも一人ひとりの人権を守らなきゃいけない、そういう仕事をしているわけですが、こういう民間団体、従来ならば監督官庁のない民間団体、マスコミも結局同じことが言えるわけなんですけれども、マスコミは例外ですよって言ったって、監督官庁がなくなるわけではない。これまで民間の自治権に委ねられていたとこについてまで、国家の監督権が及んでくる、それはしかも個人情報の保護のもとに及んでくる、こういうことなので従来自治権を持っていたところも国家によって管理されかねないんだと、個人情報保護のもとに、これは場合によっては刑罰のもとに管理されますので、我々弁護士会としても反対している。
それから、個人情報保護法案というのは、民間部門を規制しようとしている。民間部門の情報を規制しようとしているわけですけれど、行政、公的部門については、この個人情報保護法案では直接の対象にしていない。住基ネットとの関係で問題になるのは、むしろ公的部門なんですよね。先ほど言ったように、市町村のコンピューターに入力されます、次に県レベル、あと国から委託された地方自治情報センター、そこの職員、むしろ公的部門において個人情報を、保護に値するかどうかっていう議論はあるにしろ、対象としているのは民間部門ですので、むしろ公的部門において個人情報、プライバシーをいかに保護するかという、そういう法制度をきちんと確立することが先決でしょうと、こういうことになります。
必ずしもレジメにそって説明していない部分があるわけですが、最後にこの4ページ目、5ページ目、住基ネットの問題点というところについてご説明します。一つはこれは全国一元的にネットワークを築くということになっているわけですが、これはインターネットと違って世界に開かれていないと、閉じられたシステムだというふうに国は説明しています。
しかし技術的なこと、私自身ははっきりわかりませんが、そういう閉じられた世界であったとしても、しかしかなりの人が、そのシステムに携わっていくわけで、ハッカーという言葉をご存じかわかりませんが、インターネットなんかやっていると、非常にコンピューターウィルスにかかってデータが破壊されたり、データが盗まれたりするということがしょっちゅう起きているわけです。そういう外部からコンピューターの中に侵入して情報が盗まれないか、その防止は大丈夫なのか、国の方では大丈夫だというふうに今のところは言っていますが、実際今後どうなるかよくわからないところがあるわけです。だからセキュリティー上は問題がある。
それから市町村にしろ、県レベルにしろ、地方自治情報センターにしろ、あるいは地方自治情報センターから情報をもらう国の各種機関、あるいは法律で認められた民間機関も含まれるわけですけれども、そういうところに情報が流れていく過程で、そこのシステムに必ず地方自治体の職員が関与したり、県レベルの職員が関与したり、国レベルもいろいろな人たちが関与していくわけですけれども、そういう人たちから情報漏れはないのかどうか、こういう問題も常にあるわけです。
この住基ネットのシステムの安全性について確かなことは私は言えませんが、先ほど言ったように国は大丈夫だというふうに言っていますが、多分市町村でもインターネットをおやりになっているんじゃないかと思うんです。昨年、私長野県弁護士会の役員をやっておりましたけれども、コンピューターウィルスにやられて、やられてしまうというか、取りつかれてしまうというのが何回かありました。セキュリティーは講じているんですが、それでもだめですね。それで月々幾らか払って、コンピューターウィルスにやられた後、お金を払って安全管理はしているつもりなんですが、今年はとうとうコンピューターシステムが一時止まってしまった。場合によれば情報が盗まれたかもしれないという事態もありました。どうもそれは日本からの侵入ではなくて、海外からの侵入だとこういうふうに言われて、我々も例えば法律相談に来た人たちの個人情報であるとか、いろいろな人権申立をした人の個人情報とか、そういうのいっぱい弁護士会の方に個人情報が集まってきます。そういうのがパソコンの中にデータとして入っていれば、それを外から侵入されて情報を取り出される、こういう被害は少なくとも今のインターネットのシステムだとすればあるわけです。住基ネットは大丈夫かいな、こういう問題だろうと思います。
次に、さんざん言っていますけれども、プライバシーは守られるのかということが各方面から疑問として提起されているわけです。
アというところで書いてあるのは、総背番号制の導入につながらないのかと、こういう危惧がもともとあるわけです。日本は非常に個人の情報が管理された社会です。これは私の個人的な見解、あるいは私と同じようなことを言う人もいますが、戸籍制度が日本にはありますよね。我々、日本で生まれて日本で育っていると、どこの国にも戸籍はあるものとばっかり錯覚しているんですが、日本のように戸籍の筆頭者がいて結婚したら夫婦と子供さんと、あるいは他に子供をつくって認知したら認知が書かれるという、こういうふうに戸籍制度がある国というのは日本と日本の植民地であった朝鮮と台湾、この三カ国だけです。他の国には戸籍制度ありません。
もともと日本は戸籍制度というのがあって、少なくとも明治十年代ぐらいから以降は、個人の情報が行政によってきちんと記録され、管理されているという、そういう社会なんです。こういう制度自身がプライバシー上問題なんだと、こういう問題意識を指摘する人もいるわけですが、もともと日本はそういう社会だということです。自分の親が誰なのか、何代までか、先祖はどういう人たちなのかっていうことが公的に記録されている社会なんですよ、日本は。だから非常に、例えば我々の世界で言えば相続人が誰かってことをきちんと決めると言う面では、非常に便利な制度ではあるわけです。しかし他方面では、二代前、三代前、四代前までの先祖が誰であるかが突きとめられてしまう社会でもあるわけです。これは被差別部落の問題を考えれば、そういう社会がいいのか、悪いのか、あるいは将来、犯罪歴がきちんと公的、法務省なり警察には犯罪歴の記録がありますよね。戦前の犯罪歴まで全部記録に残っているわけ、そういうのと戸籍が結びついたらどうなるんだ。二代前、三代前の人にあなたのところは先祖に殺人者がいますよと言われると困るでしょうと、こういう問題につながるわけです。
いずれにしろもともと戸籍制度によって行政部門、公的部門が個人の情報をきちんと管理してる社会というのが背景にあって、その上に今回の住基ネットというのは加わるんだ、こういう認識が必要だろうというふうに思うわけです。
それから、先ほど言いましたように、本来、個人情報保護法とセットで実施されるはずでしたけれども、個人情報保護法案は未だに成立していない。しかも成立したとしても、先ほど言いましたようにマスコミ関係者、あるいは弁護士会のような民間団体から厳しい批判がある、これは個人情報を保護するどころか、国家によって情報が管理される、そういう社会を築くんだという根強い批判があるわけです。
それから、住民基本台帳カードなんですが、先ほど説明したように単なるカードではない。それを持っていけば住民票の交付を受けられるというような、そういう単純なカードではなくて、ICが組み込まれて、将来的には電子証明を利用して本人確認機能がある。したがって、将来電子的にパソコンにいろいろな入力をして税務申告をするとか、いろいろな政府に対して申請をするとか、各種の申請をする。そういう情報をそのカードで全部できるようにするということが可能なようなシステムをもうつくっているわけですが、それによってどういうことが起きるか、例えばその情報を蓄積することによって、我々がいつ図書館を利用したとか、いつどういう申請をしたとか、そういう我々の活動歴が全部情報として蓄積されていく可能性がある。
そういった情報と住民に今回番号を付しているわけです。その番号と個人情報が結合して市町村であれ、県レベルであれ、国レベルであれ、行政が今は各部門で個別的に情報がどんどん集積されていると思いますが、それを全部コンピューターでつなぐことによって、個人情報を一元的に管理できる、そういう社会が出現する可能性があるわけです。これが一番問題だというふうに考えられます。
現在でも、実はコンピューターの社会っていうのはすごい社会だなっていうふうに良くも悪くも思うのは、新聞報道を注意深く見ているとわかるんですが、我々が高速道路走るでしょう。高速走って、何時何分にどこで乗って、どこで降りたかだいたいみんな把握されているんですよ。これ私も実際に経験したことありますが、我々がある犯罪者の弁護しますね。犯罪者がいやこのときはここにいたというふうに、この場所にいたて言うんですよ。そうすると捜査当局は何をするかというと、あなたはこのときにここのインターから降りてるでしょう。僕が具体的にやったのは覚醒剤のやり取りなんですが、インターから降りたところのそばのある場所で会って覚醒剤の受け渡しがあったということ、それを私の依頼者というか弁護した被告人は否認したわけですが、その時に捜査資料として何月何日の何時何分にあなたの車はここを通過している、このインター出てるでしょう。この情報がもう既に証拠として出てくるわけです。あるいは皆さんもご存じかも知れませんけれども、電話の記録ですね。どこにこの携帯電話なら携帯電話、各家庭にある電話も必要があれば捜査当局は電話の履歴を取り寄せて、誰に電話したかというのが証拠として出てきます。もう既にそういう社会ができ上がっています。
今回の住基ネットも将来的には非常に個人情報がどんどん、どんどん一元的に管理される社会になっていく。個人の生活、あるいはいろいろな活動が全部というか記録されて、個人情報がどんどん蓄積され、それをその番号を一人ひとりの、我々もう番号ついているわけですから、番号で検索して全部情報を集める、こういう社会につながる可能性がある、こういうことなんですね。ここが住基ネットの問題だということで恐れている人たちは強い反対をしているわけです。
それにどういう社会が出現されるのか?最初に私が言いました情報公開の重要性、あるいはプライバシーの保護の重要性、それは自由な社会のためには必要不可欠なんだと、人間が人間らしく生きるためには、必要不可欠な権利なんだと説明しましたが、そういう個人情報が一元的に国家によって管理される社会というのはどういう社会なのか。我々が戦後否定した戦前の日本の社会、国家が危険人物を特定して、治安を維持するために国家の方で市民を管理する、あるいは情報を管理するそういう社会じゃないのか。あるいはナチス・ドイツが行ったように、あるいは戦後のソ連、スターリンの独裁下で行われたように、あるいは現在でも一部の国で独裁社会において情報が一元的に管理され、国民に知らされるべき情報かどうかを国の側で判断するという、そういう閉ざされた社会、そういう社会の構築に、意識する、しないに関わらずなってしまうんではないか、ここに一番の反対根拠があるんではないかと思うわけです。
こういうことは、国のパンフレットを見てますと非常に楽観的です。国の方はそういうことはないですと、そういうことに関しては利用目的をきちんと制限してますよと、取り扱いの職員に対しても守秘義務、国家公務員として、あるいは地方公務員としての守秘義務があるじゃないかと、あるいはセキュリティーの問題にも配慮して、万全の措置をとっているから心配するなと、こういうふうに国は言うわけです。だけれども、最後に挙げておきましたけれども、国の言うことも必ずしも鵜呑みにしていいのかという問題が既に起きているわけです。  これ新聞紙上をにぎわした防衛庁における、しかも情報公開室、こともあろうことに先ほど説明したように、情報公開がいかに重要かということを認識してもらって、そういう人が担当しなければいけない、そういう部署で働いている人がリストを作った。情報公開を請求した人のリストを作った。そのリストには住所、氏名だけではなくて、その人の職業であるとか、反戦自衛官という説明があったり、あるいは試験に不合格した人の母親だっていうような、そういう情報まで載っていたという、こういうリストをもう防衛庁は作っていたということが発覚したわけです。
防衛庁の方では、これは担当者個人が勇み足をしたんであって、組織的に関与してそういうリストを作ったんではないと、こういう説明をしておりますけれども、しかし新聞報道によれば、このリストは単に内部的に、この情報公開室で作られたっていうだけではなくて、情報公開室から他の部局にこのリストが出回っていた、あるいは一部は防衛庁のホームページに掲載されていた。こういう実態があるということが暴露されました。この事件は、情報公開や個人情報保護について、その重要性について防衛庁の意識の低さが露呈した事件です。住基ネットについて国の方ではプライバシー侵害の危険があり、中止しますよというふうに言ってないわけです。国は、安全だ、安全だ、プライバシー保護にも万全を期すというふうに言ってはいるんですが、果たしてそういうふうになるか、ならないかというのは、我々国民がきちんと判断しなければいけない、それが結論だろうと思います。
それで、時間の関係もありますので、最後にいろいろな自治体が、この導入に反対している動きがある。あるいはこの市役所からの通知を返上しようかというような市民の動きもあります。私の方で興味を持ったのは、地方自治体の市町村長、あるいは区長の段階で、必ずしも思想的にいいか、悪いかはともかくとして従来の考え方から、非常にステレオタイプでいえば、進歩的な人とは必ずしも思われていない人でも、非常に反対しているということです。
最後に、そういう責任ある行政の地方自治の責任ある立場の人の一人で、この住基ネットに反対している杉並区長の山田さんという方が、反対しているんで、その反対理由についてちょっと紹介して私の講演を終わりたいと思うんです。この杉並区長の山田宏さんは、住民基本台帳ネットワーク、住基ネットに対して、大きな危惧を感じているというふうに言っているわけです。
その理由を一言でいえば、こういうふうに言ってます。自立した自由社会を愛する。愛すればこそ、その大前提として個人のプライバシーと私有財産は絶対に守らなければならないというふうに考えるからであると。具体的には次の三点において疑念を持っていると。一つは費用対効果の問題です。費用対効果というのは、巨大な何百億という費用を投入する割には国の説明している転居の際、二回が一回になります程度の見返りで費用対効果があるのかっていう、こういう観点からの話しなんです。
二つ目はですね、個人情報の保護が完全かという疑念がある。全国の市町村、都道府県、区も含めますが、それから国を結ぶネットワークができて、情報を管理するところが増えれば、それだけ情報が漏洩する可能性が高まる。現在は各市町村で閉じられたシステムだと思うんですが、これが先ほどから説明しているように、県とか国レベルで最終的には国で一元的に管理するということになります。どこから情報が漏れるかわからない。こういうことだろうというふうに思います。また先ほども説明しましたが、ハッカー侵入や民間への情報流出といった危険性を完全に防げる確証はいまだない。これが二点目の反対理由だと、こういうふうに言っているわけです。
三つ目は、住基ネットの目指す目的、効果が不明確だと、将来住民票コードのもとに納税者番号や介護保険番号等、さまざまな個人情報が一元的に管理される危険がある。プライバシーを守るためには年金、あるいは納税とそれぞれ目的別に個人が複数の番号を持った方がいい。国民総背番号制につながる一元的管理というのは、政府や企業によるプライバシー侵害が拡大する可能性が高いんだと、こういうふうに言ってるわけですね。
とりわけ、基礎的自治体である市町村の仕事というのは、仕事の性質上、住民の個人情報の集まりみたいなそういう、もともとそういう団体なんだと。将来、電子自治体を目指すにしても、各自治体は個人情報、貴重な個人情報を扱っているので、このシステムの導入に対しては慎重に対処しなければならないんだと、こういうふうに杉並区長の山田さんは言っているわけです。私がここでご説明している問題意識と共通する部分があるというふうに思います。
それから、最後になりましたけれども、我々がどのような社会を望ましい社会というふうに考えるかということが重要だと思うんです。私自身は先ほどから言っているように、やはり開かれた社会の方がいい、自由な社会の方がいい、個人の情報が国であれ、企業であれ、一個人であれ、簡単に管理され、支配されるような社会ではなくて、自分の基本的な情報については自分で管理する、あるいは個人情報については今、地方自治体レベルの個人情報保護条例では幾つか出てきてますけれども、国なり、県なり、市町村が我々の情報を管理している、あるいはいや応なく情報を持っているとすれば、その情報がどういうふうに外に漏れるのか、あるいはもっと言えば、その情報自体が本当に正しいのかどうか、そういうことを一人ひとりがチェックできるという、そういう社会の方が望ましいわけです。
これは特に、国とか公安関係の情報というのは、必ずしも正確な情報を国の方でつかんで管理しているとは限らないわけです。そういう経験、私は一度してる。最後に話しますけど、私、古い話で32年ぐらい前ですけれども、大学の学生の時に実はヨーロッパ旅行をしていたんですね。その時に、私がたまたまヨーロッパ旅行しているときに、昭和天皇が戦後初めてヨーロッパを訪問したということがあった。それでどこの国か忘れたけれども、天皇が火炎瓶だか何か投げられたという事件があって、どうも私それをあまり知らずにヨーロッパ各国をぶらぶら旅行していたんです。
そうすると、私がヨーロッパを旅行している時に、私が大学に入る時に身元保証人になった人のところに公安当局がどこにいるんだと、私がどこにいるんだ、教えろ、そういう問い合わせというか、聞き込みに来るわけです。私自身は過激派じゃ、自分で言うのも変ですが過激派であってもなくてもいいんだけれども、過激派ではない。単なる、それは誤解なんです。たまたま私は大学1年休学してヨーロッパを個人的に旅行していたに過ぎない。でもそういうことから公安当局は私について、そういう情報を集めているはずです。その時の情報をどういうふうに公安当局は管理しているのか私は知りたいですよね。この情報を知れない社会というのは秘密社会であって、つい先日まであった東ドイツはどうだったのか。共産党一党支配のもとにあった国民たちは、国家によって間違った情報を管理されてたんじゃないかと、こういうこともあるわけで、やはり国家なり、巨大な企業なりが個人の情報を管理するというのは、それ自身が問題なんだけれども、我々一人ひとりどういう情報を一体行政は管理しているのか、企業は管理しているのか、それが正しいのか、正しくないのか、正しくなければ訂正する権利があっていいだろうと。あるいは個人の情報を管理しているならば、その情報をどういうふうに使っているのかを我々自身も知らなきゃいけないじゃないか。それが本当の意味でのプライバシーが保護される自由な社会ということになるのではなかろうかというふうに思うわけです。
いずれにしろ住基ネットの問題と、プライバシーの問題につきましては一人ひとりがどういう、我々一人ひとりがそれこそ地方自治の主体として、あるいは国政の主体として、どういう社会が望ましい社会と考えるかという問題ですから、お互いに今後とも考えていきたいということで私の講演を終わりたいと思います。どうもありがとうございました。

司会

ありがとうございました。ここでちょっと時間があるようですので、質疑応答の時間を取りたいと思いますが、何か質疑のある方、お願いいたします。どんなことでも結構ですから。

質問者

…危惧として、そういうふうに思っているんですけれども、何でそんなに知りたいんでしょうねっていうのがちょっと、国家レベルって言うんですか、何でそんなことを知って何したいのかっていうのが、ちょっと疑問なんですけれども、向こうの人、何を考えてこんなことをやりたがるのかなというの、ちょっと何か想像でもあれば。

佐藤先生

私は、自分が例えばヒトラーの立場に立てば導入すると思うんですよ。これは非常に国民とか、市民を管理しようとする側に立てば、非常に便利なシステムです。例えば政府の方針に反対する人がいたとするでしょう。その人がどういう人かわからない。あるいはどこまでそういうのが広がっているのかわからないというのは、権力者にとっては不安だと思いますよ。
ですから、国民を一元的に管理支配しようとする側からすれば、情報を一元的に管理するというのは、非常に意味のあることだというふうに思うんです。
テロの問題を考えたらすぐわかるんではないでしょうか。アメリカ社会は非常に揺れていますが、今までのアメリカ社会は自由な社会だと言われているんですが、昨年の九月十一日以降のテロ後、どんどん、どんどん市民の自由が狭まっている。これはテロ対策のもとに情報を管理しようとしているわけですだからアメリカ社会もだんだん、だんだん閉ざされた社会の方に変質しつつあるわけですけれども、これやっぱり国家にしろ、企業にしろ効率的に管理しようとする側にとってはこれは便利な制度じゃないでしょうか。

司会

ほかに、どんなことでも結構ですが。

佐藤先生

ちょっと言い忘れましたけど、国家とか行政との、対行政との関係で主にお話しましたけれども、実はこれを、この情報を商品化する、情報そのものを民間会社が情報として金儲けのために利用するということも非常に大きな問題です。
今、例えば皆さんの息子さんなり、娘さんが高校進学する、大学進学する、あるいは成人式を迎えるということになって、ダイレクトメールがわあっと来ると思うんですよ。あるいは受験の雑誌、あるいは学校の案内みたいなものが、今ものすごい量どさっと来ますよね、要求もしないのに。なぜああいう業者は送ることができるのか、18歳なら18歳、20歳なら20歳に達した人に一斉にわあっと送ってくるわけです。
それは多分、望月町でもそういうことがあると思いますが、これ住民基本台帳を閲覧しているからというのが一つの大きな理由なんです。私も、上田市の情報公開条例、あるいは個人情報保護条例の制定の過程に携わって、その後審査会の委員をやっていますが、それで情報公開するかどうかって問題になったことがあるんですが、住民基本台帳の閲覧者の、誰が閲覧しているかということを情報公開しようということが問題になったことがあるんですが、住民基本台帳を閲覧している主な人たちっていうのはむしろ業者ですね。いろいろな、今、言ったように入学とか、成人式とか、誰が18歳に達した、誰が高校進学、大学進学、あるいは成人式を迎えているかということを住民基本台帳を閲覧して、それを一生懸命書き写していって名簿を作っているとこういうことがわかってびっくりしたんですが、これ住基ネットができればコンピューターからぱっと不正に引き出すっていうことになるかもしれません。
それはもの凄い商品価値があるわけですね、その名簿自身が。それによって、生年月日で検索してある特定の集団を情報として取りだす、それを商取引に利用するということも可能になってくるわけです。ですから、そういった形で情報が商品化されて、それは不正に、ありがた迷惑的に利用されるんじゃないかと、そういう観点から反対している人たちも、このシステムに対してはいるということも最後につけ加えたいと思います。以上です。

司会

ありがとうございました。先生におかれましては、本当にお忙しい中、この望月町の人権教育の研修会の講演ということでお願いしまして、本当にありがとうございました。ここでまた、意を込めまして盛大な拍手で送りたいと思いますが、よろしくお願いします。
大変ありがとうございました。

<資料>

住民基本台帳ネットワークシステムの問題

1 はじめに

2002年8月5日より、「住民基本台帳ネットワークシステム」が稼働を開始しました。このシステムは、全国民(住民登録をしている全ての人)の住民・氏名・生年月日・性別・変更履歴に11ケタの住民票コードをつけて、各市町村・都道府県・国の行政機関そして総務省指定の情報処理機関「全国センター」に接続させ、個人情報を一元的に管理しようとするものです。
今までは、住民の個人情報は市町村区単位で完結する住民基本台帳で管理されてきました。これを全国的なネットワークでつなげるのは世界的にも初の試みです。(ちなみにアメリカなどの先進国では、各自治体で完結する分散型のシステムになっています。)
ネットワークシステムの情報漏洩の可能性、個人のプライバシーと基本的人権の侵害さらに国家による住民の治安管理や動員の危険性もある極めて問題の多いシステムです。現在の段階では、国の「行政機関」への申請・手続きの際に住民票の添付が省略されることが、住民基本台帳ネットワークの「メリット」ですが、2003年8月からは住民票の写しが「全国どこでも取れるようになる」と総務省はその「利便性」を強調しています。
さらに来年からは、個人情報をIC(集積回路)が組み込まれ電子化した「住民基本台帳カード」の配布が計画されています。(今のところ希望者のみの配布)
このカードには、基本的には上記の6情報が掲載されるだけですが、公共施設の利用や保健医療福祉関係の健康診断状況など様々な利用が計画されています。つまり、たった一枚のカードであらゆる個人情報が判明してしまいます。そして住基カードが無ければ本人確認できないという事態も予想されます。本人を離れて住基カード自体が一人歩きして利用されることも考えられます。
一生のうちにそれほどあるとは思えない「引っ越し手続きの簡略化」の裏で、このような「国民総背番号制」が着々と進行しています。

2 住民基本台帳ネットワークシステムのからくり

住民に番号をつけて個人情報を管理することは、すでに各自治体のコンピューターで電算化されていました。今回の「住基ネット」の導入が決定したのは1999年の「住民基本台帳法改正」です。その主な内容は以下の3点です。

  1. (1)

    区町村が住民登録している全ての人に「住民票コード」をつけて「本人確認情報(前述した6情報)」を都道府県へ通信回線で送信し、さらに全国センターに送信し、集中管理して国等に提供する。

  2. (2)

    市区町村間を通信回線でつなぎ、住民票写しの広域配布や転入・転出事務の「簡素化」を図る。

  3. (3)

    望者に「住民基本台帳カード(ICカード)」を配布する。
    市区町村で管理されている「本人確認情報」はCS=コミュニケーションサーバー(ネットワーク用のコンピューター)に送り保管され、都道府県が管理する都道府県サーバ、さらに総務省指定の情報処理機関「全国センター」の全国サーバに送られ、約1億2千万人の「本人確認情報」が一括管理される仕組みになっています。この流れを通じて「本人確認情報」は、最終的に「国等に提供」できるようになります。
    また、住民票コードは外国人登録者や住民登録されていない者(非国民?)には番号が付けられていません。住基ネットの目的が「日本人」とそうでない人の識別をすることにあるのは一目瞭然です。
    住民票カードの番号は、本人が申し出れば変更できますが、変更履歴が残るため番号が変わったからと言って本人の履歴が抹消されることはできません。仮に変更しても、変更前のデータは5年間(最長で80年)履歴は保存されることになっています。

3 総務省指定の「情報処理機関」とは?

住民基本台帳法改正では、都道府県が直接国等に本人確認情報を提供することが原則となっていますが、同法30条の10で「総務省指定の情報処理機関」に委任することができるとなっており、現実には全都道府県が委任を決定しています。
情報処理機関には、総務省の外郭団体で自治体のコンピュータ化を推進してきた「地方自治情報センター」が指定されました。
この「地方自治情報センター」が「全国センター」になり、市区町村のCSと都道府県から送られてくる全住民の本人確認情報を蓄積し、国等に提供するのです。まさに住基ネットの中枢です。
住基ネットの問題点の一つに、この「全国センター」に都道府県が事務作業を白紙委任していることが挙げられます。実質的には総務省とその指定機関が運営しているのが現状です。そして、本人確認情報の提供を受けられる事務として10省庁93事務が定められていますが、旅行業協会、ホテル、旅館の指定登録機関などの民間も含んでいることに注意しなければなりません。
また、都道府県が条例で定めれば、本人確認情報を県の公安委員会に提供することも可能です。このように住基ネットにおける個人情報の利用は極めて曖昧で恣意的に濫用される危険性があります。

4 治安維持と管理・動員-住民基本台帳ネットワークシステムの危険性-

一人一人に番号を付けて、個人情報を管理する国民総背番号制の動きは以前からありました。年金や納税者に番号を付ける構想が80~90年代にあったのですが、最終的に総務省(旧自治省)が主導権を握るかたちで今回の住基ネットが施行されました。
この背景には、戦前の「内務省」の復活とも言われる総務省の大幅な権限の強化があります。周知のように内務省は戦前、特高などを使って徹底的な思想・言論統制を推進しました。戦後GHQの指令で肥大化した内務省は解体されました。
一方省庁再編で権限が強化された総務省は「全国民」の個人情報を集中・蓄積することで新たに住民を管理し、治安維持に利用していくことを画策しています。これは、90年代以降の日本経済の変質と無関係ではないように思われます。バブル経済の崩壊で税収が伸び悩み、大蔵省の影響力が低下しました。
最早、予算のバラ撒きで地方自治体を統制できなくなった。そのかわりに情報という権力を集中させることで地方自治体・地方社会をコントロールしていくのが政府・官僚の意図だろうと考えられます。  もう一つの流に、90年代から始まった地方自治体現場での電算化、事務のコンピュータ化があります。前述の通り、各自治体レベルではすでに「住民総背番号制」は完成していました。事務作業の効率化と人件費抑制のためのコンピュータ導入が結果的に住基ネットに拍車をかけたといえます。
住基ネットの現段階の利用としては、住所・氏名といった「人定」を確認することにありますが、ゆくゆくは年金・納税・国民健康保険等にも適用していくことが予想されます。例えば税金ですが、納税状況が住基ネットを通じ直接税務署につながり、取り立て・差押えの強化もあります。また、住民票カード(ICカード)の問題ですが、この利用法については公共施設や交通機関にいたるまでの幅広い利用が検討されています。カードがないと公共の施設には入れない、使えないという事態も考えられます。さらに、使ったカードの状況(例えば、いつどこへ行ったかなど)が記憶されるので行動が逐一判明するということも「治安維持」のためにICカード利用として計画されています。空港や国会議事堂などの要所にICカードに反応する機械を設置して、人定・行動を把握するという構想が現実のものとなる可能性があります。
このように住民基本台帳ネットワークシステムと国民総背番号制、そして住民票カード(ICカード)は国民を管理動員することと、治安維持が目的にあるといえます。