佐藤芳嗣法律事務所

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子供への虐待 -その予防と救済のための提言

第3節 子供の権利条約と虐待

第1 子供の人権保障の歴史

1 国際社会における子どもの人権保障の歴史(子どもへの虐待を中心に)

産業革命の進展以後、各国において幼い子どもたちが労働力として長時間労働を強要され酷使、虐待されるようになった。イギリスは、このような労働力として酷使、虐待される子どもを保護する為、早くも1802年に「工場法」を制定している。また、イギリスは、1889年に「児童虐待防止並びに保護法」を制定し、男子は14歳未満、女子は16歳未満の子どもを保護する者が故意に子どもを虐待・放置・遺棄したならば刑罰に処すことにした(詳細は、古川孝順「子どもの権利」有斐閣・1982年)。
今世紀における2度の世界大戦で大勢の子どもたちが近代兵器による無差別殺戮などにより犠牲になったが、第2次世界大戦前は人権問題は原則として国内問題とされ、今日ほど人権を国際的に保障する動きは強くなかった。しかし、こと子どもに関しては、第2次世界大戦前においても、特別に保護しようとする国際社会の動きが見られる。すなわち、1919年の国際連盟規約23条を見ると、子どもの労働条件については、「人道的なる労働条件を確保する」ための国際機関の設立・維持が、女子や子どもの人身売買については、「売買禁止に関する取り決め」の実行に関する国際条約の制定などが規定されている。実際、1930年に国際労働機関で採択された「強制労働に関する条約」(第29号条約)は、18歳未満の子どもや学校の生徒について強制労働を例外なく全面的に禁止し(強制労働禁止条約11条)、1921年に制定された「婦人及び子どもの売買禁止に関する国際条約」は、1904年の同趣旨の国際協定、1910年の同趣旨の国際条約を一層完全なるものにすべく、国際条約で女子や子どもの売買を禁止し、加盟国にこれに違反する関係者を犯罪者として処罰すべき義務を課している。
これらの条約は、「強制労働」と「人身売買」の禁止という限られた場面ではあるが、第2次世界大戦前においても、国際条約で子どもをこれらの虐待から保護しようとするものであった。
国際連盟の時代における子どもの人権保障を考察するうえで重要な宣言に、1924年のジュネーブ宣言がある。この宣言は、「すべての国の男女は、人類が子どもに対して最善のものを与える義務を負うこと」を認めたうえで、次のように宣言している。

      
  1. 子どもの心身上および精神上の正常な発達のために必要なあらゆる手段を構ずべきこと。
  2.  
  3. 飢えている子どもには食物を、病気の子どもには治療を、発達の遅れた子どもには援助を、非行には矯正を、孤児と浮浪児には、住居と救護を与えること。
  4. 子どもは危難に際しては、最優先に救助されるべきこと。
  5. 子どもを搾取から守り自立へと導くこと。
このジュネーブ宣言は、イギリスの「世界児童憲章」(1922年)を契機に、国際連盟が採択したものであるが、第1次世界大戦の経験を踏まえ、戦争は人類の生存そのものの危機であり、子どもにとって最悪なものである戦争はなくすべきであるとの思想から出発し宣言されたと理解されている(永井憲一集「子どもの権利条約の研究」、法政大学出版局1992年、9頁)。
しかし、国際連盟の時代においては、子どもを保護する、特に強制労働や人身売買から保護するとの動きは見られるものの、子ども自身を積極的に人権の主体と捉らえ、子どもの人権を保障する責任を国家や親に具体的な責務として課す動きは希薄であった。
第2次世界大戦の結果1945年新たに設立された国際連合は、人権の保障を設立目的の一つに掲げ(国際連合憲章前文および1条3号)、1948年12月10日には、すべての人と国家が達成すべき人権保障の基準としての世界人権宣言を決議した。世界人権宣言16条は、「家族は社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国家により保護を受ける権利を有する。」と規定するが、子どもの人権保障について明示的に触れた条文はない。しかし、国連は設立当初から子どもを人権の主体と位置づける方向で「子どもの人権宣言」の作成準備に取り掛かり、子どもの範囲、宣言の名宛人などに関する活発な議論を経たうえ、1959年11月10日の総会で、「子どもの権利宣言」を採択した。この宣言は、「人類は子どもに対して最善のものを与える義務を負っている」との見解を明確にしたうえで、「親、民間団体、地方行政機関及び政府」に、次のような原則に示される子どもの人権を承認し、立法その他の措置で子どもの権利を遵守することを要請している。
  1. 原則1:子どもは、人種や性などによる差別なしに、この宣言が掲げるすべての権利を享有する
  2. 原則2:子どもは特別の保護を受け、健全かつ正常な方法で発達することができる機会および便宜を法律その他の手段で与えられなければならない。この目的のために法律を制定するにあたっては、子どもの最善の利益が最優先で考慮されなければならない。
  3. 原則9:子どもは、あらゆる形態の放任、虐待および搾取から保護されなければならない。子どもは、いかなる形態においても、売買の対象にされてはならない。
子どもの権利宣言は、子どもを人権享有の主体および人権行使の主体として、国際社会の中で社会的に認知し、また、子どもの人権保障の具体的内容、とりわけ前記の原則9において、子どもの放任、虐待、搾取、売買の禁止を明確にしている点が注目される。いずれにしろ、子どもの権利宣言は、子どもを保護の対象と見ていた第2次世界大戦前のジュネーブ宣言を、新しい視点、すなわち子どもも大人と同じく人権の主体であるとの視点から再検討し宣言したものである。
1966年12月16日に国連で採択された自由権規約24条は、子どもの権利を明確に規定する。子どもの人権保障に関して国際人権条約で、法的な拘束力をもたせたことは画期的であるが、同条24条第1項は、「未成年者の地位に必要とされる保護」という抽象的な規定の仕方しかしていない。子どもを人権の主体とし、子どもの人権の具体的な内容を詳細に規定した国際人権条約は、言うまでもなく1989年11月20日に国連で採択された「子どもの権利条約」であるが、その詳細は後に検討する。
国連は、子どもの権利条約を採択した後の1990年にニューヨークの国連本部で、「子どものための世界サミット」を開催し、子どもの生存、保護および発達に関する世界宣言を採択した。ここでは子どもの権利条約の批准・施行、家庭の役割の尊重と援助、貧困に対する地球規模での取り組みなど10のプログラムの実行が約束されている。

2 日本における子どもの人権保障の歴史

第2次世界大戦前の日本も、子どもの保護に全く無関心だったわけではない。すなわち、日本は国際連盟が採択した前記の「婦人及び児童の売買禁止に関する国際条約」を1925年(大正14年)に批准し、強制労働禁止条約も1933年(昭和8年)に批准している。そして、1933年(昭和8年)3月31日には、国内法としての児童虐待防止法を制定した。この児童虐待防止法は、14歳未満の児童に対する虐待および著しい監護の怠慢を防止することを目的とする法律であり、「児童を保護すべき責任ある者」が、児童を虐待ないし著しく監護を怠慢した場合、「地方長官」は、児童を保護すべき責任ある者に訓戒をなし、監護について条件を付すことができ、場合によっては、児童を保護すべき責任ある者から「児童を引き取り親族その他の私人の家庭又は適当な施設」に児童の保護を委託することができた(同法2条)。また、地方長官は児童虐待の恐れがある業務に児童を就労させている事業主などに児童を使用することについて禁止または制限することができた(同法7条)。しかし、これらは司法手続でなかっただけでなく、地方長官は権限を行使することが可能であるというだけであり、子どもを虐待から保護する責任を地方長官に課してはいない。また、虐待そのものに対する処罰規定もなかった(但し、地方長官の禁止命令に違反した者に対する処罰規定はあった)ので、子どもへの虐待防止に十分機能したとは言い難い。
日本は、1947年(昭和22年)12月12日児童福祉法を制定し、国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負うと規定した(同法2条)。そして、同法25条は、虐待などを受けている児童を発見した者に児童相談所などに対する通告義務を規定し、同法27条、28条は、保護者が子どもを虐待し、著しく監護を怠るなどした場合の各種の措置を規定した。また、同法29条は都道府県知事に、28条の措置をとるため必要がある場合は児童委員などを通じて虐待についての立入調査権を付与した。さらに、同法33条は、虐待などを受けた児童を一時保護する規定を、同法33条の5は、児童相談所長に親権を濫用する親の親権喪失の宣告請求の申立権を与えた。
日本は、1951年(昭和26年)5月5日に、日本国憲法の精神に従い、児童に対する正しい観念を確立し、すべての児童の幸福をはかるために児童憲章を制定した。そして、①児童は人として尊ばれる。②児童は、社会の一員として重んじられる。③児童は良い環境の中で育てられる。との3原則を宣言したうえで、11条にわたる児童保護の憲章を定めたが、その10条では、すべての児童は、虐待、酷使、放任その他不当な取り扱いから守られると規定している。しかし、この児童憲章は、子どもの権利を具体的に保障する基本法ではなく、その基本理念はうなずけるものの実効性に乏しいと言わなければならない。
子どもの権利条約は、ほとんどすべての国家が加盟し批准した人権条約であるが、日本は1994年(平成6年)になってようやく批准した。しかし、日本は批准に際し、国内法の改正を全く行わなかった。日本政府の見解は、子どもの権利条約が規定する子どもの人権は国内法ですでに認められており、批准に伴う国内法の改正は必要ないというものであった。文部省は、1994年(平成6年)5月20日、都道府県教育委員会に出した通知で、「子どもの権利条約は、日本国憲法、教育基本法などと軌を一にするものであり、この条約の発行により、教育関係について特に国内法の改正は必要ない」と明言している。このような日本政府の態度は、日本が女子差別撤廃条約の批准の際には、国籍法の男女不平等規定を改正するなどしたことと対比しても、日本政府の子どもの権利条約についての理解の浅さと消極的な姿勢を端的に現している。
ところで、子どもの権利条約の批准を機に憲法の一部を改正し子どもの権利に関する規定を新設した国は少なからず存在する(フィンランド、アイスランド、ブラジル、ネパール、モンゴル、ガーナなど)。また、憲法の改正までに至らなくても、多くの国が国内法で子どもの権利に関する基本法を新たに制定し、あるいは新たな国内法制定の検討を始めている(これらの各国の動向についての詳細は、提言・「子どもの権利」基本法と条例・日本教育法学会1998年、第4章、「子ども法改正の国際的動向」参照)。

第2 子どもの権利条約の内容

1 基本理念、特徴

子どもの権利条約が、人間の尊厳の確保という人権思想を基礎としていることは言うまでもないことである。国連を中心とする第2次世界大戦後の国際社会が、人類社会のすべての構成員の人権保障を人類共通の重大な関心事とし、1948年に世界人権宣言を採択し、その後国際人権規約(1966年)を制定し、人種差別撤廃条約(1965年)、女子差別撤廃条約(1979年)など数多くの国際人権条約を制定してきた大きな流れの中で、子どもの人権保障についての基本条約である子どもの権利条約を1989年に制定したのである。この条約には、子どもも大人と同じく、人種・性別・障害その他いかなる理由による差別もなしに、人間としての尊厳を有するとの基本理念が貫かれている。
また、この条約は、子どもにかかわるすべての活動は、「子どもの最善の利益」が第1次的に考慮されなければならないとの基本方針を明示し(3条、9条第1項等参照)、さらに、すべての子どもは、生命への固有の権利を有し、その生存および発達が可能な限り最大限確保される(6条)と規定することにより、子どもの生存権及び発達成長権の保障を重視している。さらに、この条約は、子どもを単に特別な保護の対象とは捉えず、子どもを権利の主体と捉えている。このことは、子どもの意見表明権(12条)や表現の自由(13条)の保障などの規定からも、あるいは、国籍を取得する権利・親を知る権利・親に養育される権利の保障規定(7条)などからも明らかである。
他方、子どもの権利条約は、子どもは発達成長過程にある者として、特別な保護が必要であり、虐待や性的搾取、有害労働、人身売買などから保護されなければならないことも明確に規定している。
子どもの権利条約は、子どもの発達成長権を保障し、子どもを特別に保護するために親や家族を重視し、親の第1次的養育責任を規定する。そして、国家は、親がこの責任を十分果たすことができるように、親に各種の援助を与える義務を負う(18条)。子どもの権利条約が定める親の養育責任とは、母親だけでなく両親の共同責任であることに注意する必要がある(同条)。

2 虐待、性的搾取、誘拐、人身売買からの保

国は、親などの養育者が、子どもの養育中に、身体的または精神的な暴力・虐待、放任(ネグレクト)・怠慢な取扱い、性的な虐待などの不当な取り扱いや搾取することから子どもを保護するための立法上、行政上、社会上、教育上の措置をとらなければならない(19条第1項)。国がとるべき必要な措置には、子どもを養育する親などに必要な援助を与えること。効果的な予防手続、虐待の発見、報告、調査、追跡調査、司法的関与のための効果的な手続が含まれる(同条第2項)。
 また、国は、あらゆる形態の性的搾取および性的虐待から子どもを保護しなければならず、この目的を達成するため、国内的および国際的に次のことを防止する措置をとらなければならない(34条)。

      
  1. a子どもに何らかの不法な性的行為に従事するよう勧誘または強制すること
  2.   
  3. b売春その他の性的業務に子どもを搾取的に使用すること
  4.   
  5. cポルノの題材に子どもを搾取的に使用すること
1921年の「婦人および児童の売買禁止に関する国際条約」など第2次世界大戦前の関連する4つの国際条約を統合して、1950年に国連で採択された人身売買禁止条約や女性差別撤廃条約6条は、女性一般についてあらゆる形態の女子売買および売春からの搾取を禁止している。子どもの権利条約34条は、子どもについてこれらの規定を再確認したものであるが、世界的に子どもに対する性的虐待、子どもの買春、子どものポルノが増加している状況を踏まえ、また、子どもに対する性的虐待が子どもの発達に及ぼす深刻な悪影響を考慮しこのような規定が置かれた。
なお、子どもの権利条約35条は、国は、子どもの誘拐、売買または取引を防止するためのあらゆる国内的および国際的措置をとらなければならないとしている。
子どもは、自分の親を知り、親により養育される権利を有する(7条第1項)が、父母が子どもを虐待し、放任した場合は、子どもの最善の利益のため必要があれば適正な司法手続により子どもを親から分離する(9条)。国は、虐待や放任を受けた子どもで家庭環境を奪われた子どもに対し、特別な保護や援助をしなければならない。子どもは、国から、特別な保護や援助を受ける権利があり、国は国内法で家庭に代わる代替的養護を確保しなければならない(20条)。代替的養護には、里親や養子縁組があるが、子どもの権利条約は、養子制度は、子どもの最善の利益が最高の考慮事項であると規定し、また、子どもの養子縁組は権限ある機関によってのみ認可されるとしている(21条)。
虐待を受けた子どもは、身体的ないし心理的に深い傷を負う。このような子どもに対して、国は、健康回復のための治療およびリハビリテーションの援助を与えなければならず、子どもは、国から到達可能な最高水準の健康の享受、疾病の治療、リハビリテーションの便宜を受ける権利を有する(24条)。

第3 子どもの権利条約と日本の現状

1 日本における子どもへの虐待、ネグレクトの現状

養護施設の全国組織である全国社会福祉協議会養護施設協議会は、日本の子どもたちの現状は、憲法、児童憲章、児童福祉法が保障する子どもの権利が著しく侵害されている状況にあるとの立場から、1968年(昭和43年)に、「子どもの人権を守る集会」を開催した。その際、全国で約520ある養護施設に入所している子どもたちに作文を呼び掛けた。全国から203の作文が集まり、生きた時代の証言として右の集会で活用されただけでなく、1977年(昭和52年)に作文集にまとめられ出版された(「泣くものか」全社協養護施設協議会編、亜紀書房)。ここには、親に虐待され、あるいは遺棄された後に施設に入所した子どもたちの作文が数多く見られる。その後、全社協養護施設協議会は、養護施設に入所している子どもたちの作文を新たに集め1990年(平成2年)に、続「泣くものか」(全社協養護 施設協議会編、亜紀書房)を出版している。それによると、1979年(昭和54年)の全国社会福祉協議会の調査では、全国の養護施設に入所している子どもは約3万人であるが、その約3分の1が親からネグレクトされあるいは虐待された子どもたちである。この本にも、親や継父母から虐待され、傷付いた多くの子どもたちの生の声が多数掲載されており、日本における子どもへの虐待の実情の一端を伺い知ることができる。

2 子どもの権利条約批准に伴う国内的措置の必要性について

  1. (1)基本法の制定など

    子どもの権利条約の締結を機に、憲法を改正し、子どもの権利に関する規定を憲法に明記した国が少なからず存在する。また、憲法の改正までしなくとも、イギリスのように児童福祉に関する基本法を大幅に改正した国があり、オーストリアのように民法を改正し、親の体罰を禁止するなどの措置を取った国もある。これらの動きは、ヨーロッパだけでなく、アジアでもラテンアメリカでもアフリカでも旧ソ連でも広く見られる現象である。
    子どもへの虐待は子どもの人権を侵害するものである。国家や社会が子どもへの虐待を許さず虐待に対する総合的な施策を講じるには、子どもも人権の主体であることを社会が認識し、子どもの権利を保障し促進する必要がある。そのための法整備として、子どもの権利条約を踏まえたうえで、国内法として「子どもの権利基本法」を制定することが望ましい(詳細は前記の、提言・「子どもの権利」基本法と条例・日本教育法学会1998年参照)。

  2. (2)家族法の見直しについて

    子どもの権利条約は、従束の親子関係のあり方や親権の内容について、重大な影響を与える内容になっている。この点は、子どもへの虐待問題を考える際、とりわけ虐待を受けた子どもと親の分離をどのような要件で認めるか検討する際重要であるから、次節の親権の項で検討する。ここでは、オーストラリアが、1995年の「家族法改革法」で、従来の親子関係の在り方を大幅に見直し、子どもは親の所有物ではないこと、子どもは親による十分かつ適切な養育を受ける権利があることなどを明確にしたことを指摘しておきたい(詳細は前記の、提言・「子どもの権利」基本法と条例・日本教育法学会1998年、第4章、「子ども法改正の国際的動向」)。

  3. (3)意見表明権・自己決定権の保障

    子どもの権利条約12条が、子どもに、「自己に影響を与えるすべての事柄について意見を表明する権利」を認めたことは重要であり、この規定が各国の従来の法制度に与えた影響は大きい。事実、この意見表明権の規定を踏まえ、子どもの施設入所、親の離婚や縁組など様々な場面で、子どもの意見表明権、自己決定権を保障するための法改正をした国が多くみられる。日本でも、学校の校則問題はもとより、親子分離後の施設入所や親の離婚の際の親権者や監護者の決定、同居しない親との面接交渉など子どもに重大な影響を与える様々な場面で、自己の見解を述べる力のある子どもに意見表明の機会を与えるための法改正をする必要がある。

  4. (4)子どもへの虐待防止などに対する諸施策

    子どもの権利条約は、子どもへの虐待、ネグレクト、搾取から子どもを保護するための諸々の措置を取る責務を締結国に負わせている(19条第1項)。この措置の中には、子どもや親が必要とする援助を与え、予防のための効果的な手続き、虐待の発見、報告、調査、処置などが含まれる(同条第2項)。この規定からすると、子どもの権利条約は、締結国に対し、子どもへの虐待問題について、その予防、虐待があった場合の適正な措置、司法の効果的な関与手続、子どもや親に対する必要な援助やケアについての総合的な施策を求めている。
    子どもの権利条約締結後、子どもへの虐待防止法を制定したり(クロアチア)、子どもを性的虐待から保護するために関連する罰則を強化した国が多い。
    日本の児童福祉法28条は、保護者が、その児童を虐待した場合の措置を定めるが、虐待の定義をしていないだけでなく、加害者を「保護者」に限定している(児童福祉法6条によると、保護者とは親権を行う者や後見人などで、児童を現に監護する者である)。
    また、児童福祉法25条は、要保護児童を発見した者に通告義務を課しているが、通告を怠った場合の措置がなんら規定されておらず、効果的な通告制度とはなっていない。
    児童福祉法には虐待を受けた子どもなどについての一時保護の規定がある(同法33条)が、この手続きは事後においてさえ司法の関与なく行われ、期間の限定もない。虐待があり、親子の分離が必要な場合の手続きも一応存在するが(民法834条の親権喪失宣告、児童福祉法33条の5の児童相談所長の親権喪失請求)、その要件は極めて厳格であり、アメリカなどと比較すると申し立て件数が極めて少ない。
    親子の分離後は、再統合に向けて子どもや親に対し専門家による十分なケアが必要であるが、日本ではそのシステムが未だ確立していない。
    日本は、子どもの権利条約を批准したのであるから、同法19条、20条、34条などが規定する虐待の防止と根絶のための総合的な施策を計画し実行すべきである。

(参考文献)

・子どもの権利 -子どもの権利条約を深めるために- 信山社(1996年) 明治学院大学立法研究会
・子どもの権利条約研究 法政大学出版局(1992年)
・児童の権利条約(逐条解説) 有斐閣(1994年) 波多野里望 著
・子どもの権利条約に関する日本政府報告書(第1回)
・「問われる子どもの人権」 こうち書房(1997年) 日弁連
・「泣くものか」 全社協養護施設協議会編、亜紀書房(1977年)
・続「泣くものか」 全社協養護施設協議会編、亜紀書房(1990年)
・[子どもの権利]基本法と条例 日本教育法学会 三省堂(1998年)
・子どもの権利 古川孝順 有斐閣(1982年)
・憲法と子どもの権利条約 広沢明 エイデル研究所(1993年)
・児童の権利条約 石川稔・森田明編 一粒社(1995年)

第4節 親権について

第1 親子法の変遷

明治以前の日本の親権は、権利義務の関係ではなく、身分的な支配権であった。親は子に対する身分的な支配権に基づき、子を遊女や奉公に出し、座敷牢に入れるなどの懲戒をなし、勘当することもできた。
明治憲法下の旧民法は、家制度の下で、戸主に強大な権限を与え、親権については、「子ハ其家二在ル父ノ親権二服ス」と規定していた。したがって、旧民法下では、子は戸主の支配下にあり、かつ、親権者たる父に服した。また、旧民法下で親権に服する子は、未成年者だけに限らなかった。しかし、旧民法下でさえ、親権は単なる権利ではなく、子どもを監護し教育する子どもに対する義務であると理解されていた(旧民法879条は現行法と同じく、親権者は、「子ノ監護及ヒ教育ヲ為ス権利ヲ有シ義務ヲ負フ」と規定していた)。
戦後の民主化の下で、現在の民法が制定されたが、民法818条は、「成年に達しない子は、父母の親権に服する」と規定した。親権者を父母としたこと、親権に服する子を未成年者に限定したことを除くと、旧民法の表現をそのまま踏襲したものであるが、「服する」との表現は親権が子に対する支配権であると誤解されかねない。また、民法820条は、「親権を行う者は、子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う」と規定した。この表現も旧民法と違いはなく「親権」とか「権利」という表現が用いられている。しかし、ここで言 う親権の内容は、「単なる権利ではなく義務的色彩の強い職分である」と理解されている(我妻栄「親族法」法律学全集、有斐閣1961年、318頁)。
戦後の親族法改正の際に問題とされたのは、家制度の廃止と両性の平等の観点からの改正であった。親子の関係、とりわけ子どもの側から親権を根本的に見直す作業はなされなかった。このため、前記の「親権に服する」との表現が残り、また、親権があたかも子どもに対する親の権利であると誤解を受けかねない表現も残ったのである。
しかし、親権は子の福祉のために認められているのであり、親の子に対する支配権ではないと現行法を解釈すべきことについては見解が一致している。米倉明教授は、民法820条の、「権利を有し、義務を負う」との規定を、「権利」ではなく「義務」としてとらえるほかないと解釈し、親権は子どもを監護し教育すべき親の義務であることを強調している(親族法に対する素朴な疑問・新しい家族19号30頁、親権概念の転換の必要性・現代社会と民法学の動向、下、有斐閣)。  戦後、教育権をめぐる議論が深まり、そのなかで国民の学習権とりわけ子どもの権利としての「学習権」や「発達成長権」が人権として広く認知されるようになってきた。例えば、第2次教科書裁判では「子どもの教育を受ける権利に対応して、親には子どもを教育する責務がある」との判断が示され(東京地裁昭和45年7月17日判決)、学力テスト裁判旭川事件では、最高裁も「子どもの教育は教育を施す者の支配的権能ではなく、子どもの学習する権利に対応し、その充足を図りうる立場にある者の責務に属する」との判断を示したのである(昭和51年5月21日最高裁判決)。日本においては、子どもも人権の主体であることが、教育権や生徒の権利をめぐるいくつかの裁判の中で確認されてきたという側面があると思われる(詳細は堀尾輝久・束子仁「教育と人権」岩波書店1977年)。
伝統的なコモン・ローの下では、長い間子どもは父の財産であると見なされてきたのであって、アメリカでも「子どもの権利」が社会的に承認されるようになったのは、子どもの権利運動が始まった1960年代後半以後である。連邦裁判所は1967年(昭和42年)のゴートン判決において、「18歳未満の少年にも、合衆国憲法修正第14条の適正手続保障の憲法上の権利が及ぶ」と判断し、子どもも大人と同様に憲法が保障する権利を有しうることを承認した。その後アメリカでは、さまざまな裁判や連邦政府の報告書などを通じ、「子どもを親の従属物ないし所有物と考えてきた伝統的な法的思考を廃棄し、子どもも大人と同じく人格を有し、さまざまな人権を有する主体であること」が確認されてきたのである。そのような子どもの権利確立の動きの中で、親が子どもを虐待した場合、子どもに公的保護を受ける権利があるかどうかを問う裁判も提起されるまでに至った(1989年のデシヤニー事件。以上については、講座「現代家族法」第3巻親子、日本評論社1992年)。
国連が1989年(平成元年)に採択した子どもの権利条約は、子どもの生存の権利・発達の権利・虐待などから保護される権利その他さまざまな子どもの自由権や参加の権利を明確にした。しかし、子どもの権利条約には親権そのものについての直接的な条文はない。同条約5条は、「締結国は、親その他子どもに法的な責任を負う者が、子どもの発達と一致する方法で適当な指示および指導を行う責任、権利および義務を尊重する」と規定し、18条は、「締結国は、父母が子どもの養育および発達について共同の責任を有するという原則についての認識を確保するために最善の努力を払う。父母場合によっては法定保護者は、子どもの養育及び発達に対する第1次的責任を有する。子どもの最善の利益が親または法定保護者の基本的な関心となる。」と規定するのである。このような子どもの権利条約からすると、「親のための親権」なるものは否定されており「子どものための親権」こそが重要であり、それは権利というよりも、子どもの生存、発達、教育を受ける権利などを実現するための親の責任であり責務であると理解すべきである。

第2 親権の内容

1 親権は子に対する支配権ではない

明治以前の親子法の下では、親権は子に対する身分的な支配権であった。しかし、旧民法の制定過程においても、「親権は子に対する親の権力である」との見解は退けられ、「親は子に対して監護及び教育をなす義務を負っており、親はその義務を尽くすに必要な権利を有するのだ」と理解されていたのである。しかし、明治以後も人々の意識の中では、親権は親の子に対する支配権であるとの考え方が根強く残ったことは否定できない。
人権保障を基本理念とする現在の日本国憲法の下では、親権が親の子に対する何らかの支配権であるとの考え方は少なくとも学説としては存在しなくなった。厚生省児童家庭局が編集している「改定・児童福祉法の解説」(時事通信社1991年)も、「現代においては、親権は子の福祉を守りかつ向上させるために親に信託された権利であり…親権は一般の権利という意味でとらえるより、親が子供に対する第1次の責任者として、誠実にその監護教育にあたる義務であるといったほうが適切である」と解説している(同書224頁)。

2 親の権利と義務

現代の親子法の原則は、自然的なつながりである親が未成熟の子の監護養育を行うところにある。子どもはできる限り父母を知り、そして父母に養育される権利を有する(子どもの権利条約7条第1項)のである。親は、子に対する第1次的な養育責任者である(同法18条卜項)が、ここでも「子の最善の利益」こそ重要である(同条)。
締結国は、父母が子どもの発達しつつある能力に応じての養育責任を尽くしている限り、第1次的な養育責任者である父母の責任、義務、権利を尊重しなければならない(同法5条)
したがって、親権に権利性があるとすれば、それは子どもに対する権利ではなく、国家や社会や他者に対して、自分の子どもは自分で養育・監護・教育をすることができるという意味での権利性である。この意味での親権の権利性は、思想・信条・宗教・教育内容などについて国家が不当に介入してくる場面においては特に重要な親の権利である。このような親権の権利性は自由権的な性格を有する。
子どもの権利条約は、親にそれ以上の権利を付与しようとしている。すなわち、子どもの権利条約は、親の第1次的な養育責任を前提に、締結国は、親がこの第1次的な養育責任を果たすにあたり適当な援助を与えなければならないとしているのである(同法18条第2項)。現代のような発達した複雑な社会では親は国家や社会の十分な援助や支援がなければ子どもに対し負う第1次的な養育責任を果たすことができない。この意味で親は子どもの養育・監護・教育に関し国家の支援を求めることができる。これは、社会権としての親の権利である。
親と子の関係においては、親は子に対し養育・監護・教育をする責任と義務を負っている。これは、子に対する権利ではなく義務と理解することができる(詳細は前記の米倉明「親権概念の転換の必要性」現代社会と民法学の動向、下、有斐閣参照)。民法822条は、「親権を行う者は、必要な範囲内で自らその子を懲戒し、…」と規定しているが、この規定を根拠に親は子に対し何らかの支配権を有すると誤解してはならない。これは、子どもが健全に発達し成長する為に親に課せられた養育責任の一つの現れである。親は養育責任の履行として子どもが悪さしたならばその子の健全な発達の為に懲戒を行うのであって、親の権利として行うのではない。日本では、この条文を根拠に親は必要な範囲内で子どもに体罰を行使できるとの見解が残っている。しかし、我々は、子どもの権利条約の締結を機に民法を改正するなどし、親などによる体罰や抑圧的教育など子どもへの暴力や性的虐待を禁止した国が数多く存在することに注意する必要がある(詳細は提言・「子どもの権利基本法と条例」三省堂第4章)。
親は一時の感情や興奮で子どもに対し暴力を振るいがちである。また、日本社会には体罰による厳しいしつけを是認する雰囲気が根強く残っている。このような日本社会の現状が子どもへの虐待問題に対する低い関心の背景としてある。しかし、我々は、親は子を養育・監護・教育する責任と義務を負っていること、これは子の発達成長権に対応する親の責任であり子の発達成長権を実現する為の親の義務であること、親には子を支配する権利はないことを明確に自覚する必要がある。

3 親権の本質

子どもは、発達成長過程にある者として監護され・養育され・教育を受ける必要がある。子どもの側からこれを見ると、監護・養育され教育を受ける権利である。現代社会においては、子どもの発達成長権、学習権は社会的に、かつ、法的に承認された子どもの権利である。子どもの権利条約は、子どもも人権の主体であることを明らかにし、さまざまな子どもの権利を保障している。子どもの権利の一つに親により養育される権利があり、親権はそのような子どもの権利に対応する親の責任であり義務である。しかも、親は、子どもの権利条約が認める各種の子どもの権利を子どもが実現できるよう、子どもの能力や発達段階に応じた適切な養育責任を尽くさなければならない。親が子を監護・養育・教育する場合も、常に子どもの最善の利益が考慮されなければならないのである(子どもの権利条約3条、5条、18条)。
結局、現代社会における親権は、人権の主体である子どもが健全な自立した個人として成長し発達していくために親に課せられた責任であり、子どもの発達成長権に対応する親の義務であるところにその本質がある。

(参考文献)

・米倉明「親権概念の転換の必要性」
 現代社会と民法学の動向、下、
有斐閣1992年
・講座「現代家族法」第3巻親子 日本評論社1992年
・家族法改正への課題 日本加除出版1993年
・親族法 泉久雄著 有斐閣法学叢書1997年
・イギリス親権法史 川田昇著 一粒社1997年
・親権をめぐる法的諸問題と提言
 -親による子どもの人権侵害防止のために-
日本弁護士連合会1989年